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「元号昭和と吉田増蔵」

2026年6月1日 月曜日

  先般、福岡県みやこ町の「みやこ町歴史民俗博物館」に行った。「昭和100周年と吉田増蔵」特別展を観るためである。福岡県北東部、大分県に近いこの地を訪れるのは初めてであったが、この農村部に、幕末から明治初期に漢文を学ぶ多くの若者がいたことに驚いた。それは、村上仏山の「水哉園」をはじめ私塾が多数あり、ここに漢文化が花開いた。その若者の一人に吉田増蔵がいた。彼の父、兄ともに「水哉園」で学んだ。

  吉田増蔵は、慶応2年(1866年)みやこ町勝山で生まれ、「水哉園」で学んだ後明治16年(1883年)に上京、共立学校で英語を学んだ後、アメリカに渉る。帰国後、再び漢学の勉強を行い、中等教育検定試験に合格、明治34年(1901年)宮内省判任文官試験の合格し、宮内省御料局に勤務する。

  大正9年(1920年)、増蔵は宮内省図書寮の編集官となる。図書寮は、皇統譜・御料台帳や天皇・皇族などの実録、図書の保管出納などをつかさどった部局である。増蔵の上司である図書頭は、軍医で作家の森鴎外であった。鴎外の強い信頼と引き立てによって、増蔵はその後、大正天皇崩御に際しての、宮内大臣より新元号創案作成の内命を受けることになる。

  増蔵は、「神化」、「元化」、「昭和」など10案を作成した。別の5案(宮内省御用掛の国府種徳案)とともに、枢密院会議に諮られ、増蔵案の一つ「昭和」が新元号に決定した。

  「昭和」は書経の一文「百姓昭明 共和万邦」からとったもので、「全ての人民は明るく、全ての国は和やかに」の意味であった。
 
  地方から出てきた漢学に長けた一官僚が、「昭和」という元号の創案者であるとは、大きな驚きであった。

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 高原 要次

「目に青葉、山ホトトギス、初鰹」

2026年5月1日 金曜日

 桜が咲き、石楠花・躑躅と続き、今シャガが可憐な花を見せている。まさに、春爛漫。そして、新緑が芽吹き初夏へと向かう。四季折々の作品であり、自然の摂理である。

 ”目に青葉、山ホトトギス、初鰹” 江戸時代の俳人、山口素堂の句であるが、初夏の喜びを素直に簡潔に述べた句である。目に青葉・・・目に映るのは萌えるような木々の若葉。山ホトトギス・・・山から、透き通ったホトトギスの鳴き声が聞こえてくる。初鰹・・・旬を迎えた初物の登りカツオに舌鼓を打つ。活き活きとしたこの時期に、まさに三つの贅沢。

 古代中国の人々は、満天の星を観ながら「天には膨大は数の星があるのに、なぜ衝突しないのか?」、「ここには何らかの法則とリズムがあるに違いない!」と思った。春秋戦国時代(紀元前770年頃から前221年まで)、500年以上戦争が続いているが、人間社会にもこのような法則とリズムをあれば、落ち着いた世になるに違いない。この「秩序」が欲しい、と思った。

 春夏秋冬、季節は回り、春になると若葉が萌え、種子は芽を出す。鳥や動物は卵や子を産み新しい命を育む。天地自然のはたらきによって万物が次々と生まれ(生生)、変化しながら成長・発展していく(化育)。「生生化育」。

 「道徳」とは、一般的には倫理観や規範として用いられるが、本来的に意味するところは「秩序」と「創造」である。
“目に青葉、山ホトトギス、初鰹”、天地自然の働きへの感謝と喜び、「生生化育」の理、有難し有難し。

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 高原 要次

「小学生への贈り物」

2026年4月1日 水曜日

 10年来、小学生の登校時に一緒に歩き、横断歩道で安全誘導をしている。一人ひとりの顔と名前を覚え、この子どもたちと顔を合わせるのが楽しみだ。
ニコニコしながら走って駆け寄ってくる子どもたちに、「行ってらっしゃい」とハイタッチすると、ほのかな嬉しさが沸き上がる。

 子どもたちの中に、4人の6年生がいる。卒業式の前日に、6年生の一人「心海(ここみ)」ちゃんから、プレゼントをもらった。
遠くから走ってきて、ペコリと頭を下げ、「ありがとうございました」と言って、私に紙袋を手渡した。その中に、彼女が描いた“絵”が入っていた。嬉しい・・・!

 この「心海」ちゃんはじめ4人の6年生に、本をプレゼントした。「21世紀に生きる君たちへ」(司馬遼太郎)だ。
「司馬遼太郎が子どもたちに書き残した歴史から学んだ人間の生き方の基本」と紹介されている本で、「人間の荘厳さ」、「21世紀に生きる君たちへ」、「洪庵のたいまつ」の三編で構成されている。
いずれも小学国語教科書に収められている内容だ。ほんの20ページほどの小冊子だが、これをドナルド・キーンが英語に翻訳し、並べて英文が記載されている。

 冒頭に、こう記されている。「人間は、鎖の一環ですね。はるかな過去から未来にのびてゆく鎖の。・・・・・人間のすばらしさは、自分のことを、たかが一環かとは悲観的に思わないことです。荘厳なものです。「21世紀に生きる君たちへ」は、そうゆう荘厳さを感じつつ書いたのです。と。

 先人には、次の社会を今より少し良いものにする義務がある。それを担うのが次世代を生きる子どもたちである。我々には、彼らに良い影響を与える義務がある!

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 高原 要次

「靖国神社」

2026年3月1日 日曜日

  高市早苗総理になり、彼女が靖国神社に参拝するか否かをマスメディアは大きく書き立てる。総理大臣が、その国に殉じた人を敬い、参拝するのは当然であろうと思うのであるが、基本から逸脱した問題に考慮せざるを得ず、ことは簡単には運ばない。

 そもそも「靖国神社」は、戊辰戦争の死者を弔うために、大村益次郎(村田蔵六)の提案で創設された「東京招魂社」がはじまりである。戊辰戦争での戦死は、それまでの「藩」「藩主」のための戦死ではなく、新しく誕生しようとしている新国家のための戦死であった。新国家が「公」であるためには、戊辰戦争の戦死者を「公死」とする必要があり、招魂社ができたのは、そのような事情からであった。招魂社は、日本における近代国家の出発点だったと言える。以来、西南戦争、日清戦争、日露戦争、大東亜戦争に至るすべての戦没者、246万6532柱の英霊が祀られている。

 国のために亡くなった先人を敬い、その施設である「靖国神社」を総理大臣が参拝することを、なぜ問題にするのか。おおきくは3つ。

 1.A級戦犯が祀られている

 2.アジアの国々の気持ちを踏みにじる

 3.政教分離に反する

1. A級戦犯が祀られている                                          
古来、国家としての戦争は違法ではない。戦争は合法である。国家の最終的な政治意志の表現手段として認められているものであって犯罪ではない。ただ、合法であるとはいえ、「何でもやってよい」か、というと断じてそうではない。あくまで、戦争を行う上にもルールが存在する。それが戦時国際法規である。大東亜戦争の後に開かれた極東軍事裁判(東京裁判)で「A級戦犯」として訴追された人々は、戦時国際法規に接触する行為を行った者は皆無である。                                            
そもそも、戦勝国が戦敗国を裁くという裁判は、国際法上ありえない。

2. アジアの国々の気持ちを踏みにじる                                    
アジアの国々というが、首相の靖国参拝を非難しているのは中国、韓国、北朝鮮のみである。他のアジア諸国は、異議を唱えていない。そもそも、日本が戦った中国軍は蒋介石率いる国民党であり、いまの台湾(中華民国)である。また、韓国・北朝鮮は大東亜戦争時は日本領であり、朝鮮人将兵は日本の軍人として一緒に戦っている。                     
どうも間尺に合わない。

3. 政教分離に反する                                              
宗教とは、①教祖がいる② 経典がある ③教団がある、という3つの要素が必要であるが、その観点からいえば、日本の神社は宗教ではない。その源泉は、自然を畏敬する神信仰であり伝統精神文化である。日本人が、より日本人らしく生きようとすれば、神事はかかせないし、高市総理も正月には伊勢神宮に参拝した。

 これら3つは、いずれも総理大臣の靖国神社参拝に反対する理由にはならない。むしろ総理大臣が、この国に殉じた先人を敬い、祀ることは国のリーダーとしての責務である。

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 高原 要次

「小学、大学、中学」

2026年2月1日 日曜日

  日本の学校教育は、初等教育、中等教育、高等教育の3段階に分類される。初等教育は「小学校」で、 修業年限は6年間。中等教育は、「中学校」が3年間、「高等学校」が3年間、そして高等教育が「大学」の4年間。つまり、初等教育を行う学校が「小学校」、中等教育を行う学校が「中学校」と「高等学校」、高等教育を行う所が「大学」である。

  毎年1月に「成人式」が行われる。物理的に、20歳になったので「成人」という意味での成人式であろうが、もう一つの大きな意味は「人と成る」、立派な人間になることなのである。20年間食をはめば体は成人になる、しかし「人と成る」にはその人に努力が必要なのである。

 「人と成る」ための学問には三つある。一つは「小学」。小学とは小人(しょうじん)の学、つまり普通一般の人が学んでおくべき基本的なことを学ぶ学問であり、「修己修身」の学である。二つ目は「大学」、大人(だいじん)の学である。大人とは他によい影響を及ぼすような人物である。その心得を学ぶ学問が「大学」であり、その内容は「修己治人」の学である。三つ目は「中学」、中人(ちゅうじん)の学である。「中」には二つの意味があり、一つは「結ぶ」、同質のものを結ぶ「混合」と異質のもの結ぶ「化合」。もう一つは「当たる」、よいところに当たる「的中」とよい時にあたる「時中」。「中学」とは調和の学であり、造化の学であり、人の上に立つ者のわきまえである。                    

 江戸期、子どもたちは幼少の頃から論語や大学を諳んじ、6歳で藩校や寺子屋に入ると古典の素読を行った。読み書き算盤の実学と、人格教育が江戸期の教育だったのである。現在は、それぞれの段階に応じて学校教育が行われているが、それは知識教育であり、試験に通るための教育になっている。果たして、これで立派な人間ができるのであろうか・・・?

 「天の命じるこれを性と謂う。性に率うこれを道と謂う。道を脩めるこれを教えという<中庸>」本来、教えとは人としての道(道理)を教えることなのである。

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 高原 要次

「遺族会」

2025年12月1日 月曜日

  この度、地元筑紫野市の「遺族会」の会長職を引き受けることになった。          
  1947年(昭和22年)、大東亜戦争戦没者遺族の全国組織として「日本遺族会」(当時は日本遺族厚生連盟)が創設され、市町村にも独立した遺族会が設立された。各都道府県には市町村遺族会の連合体としての遺族会が存在する。その目的は、戦没者の英霊顕彰と、遺族の福祉の増進、慰藉救済と、道義の昂揚、品性の涵養に努め、世界の恒久平和の確立に寄与する。と記されている。

  この大東亜戦争での死者は、戦死者数230万人、市民の死者数80万人、計310万人である。    
日本国全体としてはこの数字であるが、それぞれの家においては、家長である夫や父親が戦死し、妻や子供たちが、大きな悲しみに打ちひしがれたことは想像に難くない。
また、敗戦後に始まった連合国(GHQ)の支配によって、軍人恩給制度は軍国主義を助長するものとみなされ、打ち切られることになった。戦争未亡人など多くに遺族の生活は逼迫し、苦境に陥った。                                                        
このような状況下で遺族どうしが結束することで、苦境を乗り越えていこうという機運が高まり、各地方に遺族団体が設立され、全国組織として日本遺族厚生連盟が結成された。   
    
  私の父(高原萬寿夫)は、昭和18年久留米の第56部隊に入営し、満州・支那と転戦し、昭和21年生きて呉軍港に帰還した。私の叔父(高原萬治)は、昭和14年に入営、南方戦線(ビルマ)に派遣され、「龍」部隊で戦って、昭和19年9月7日中華民国雲南省垃孟で戦死した。26歳・・・。   
長男をビルマ戦線で亡くした祖母は、この長男のことや戦争のことを語ろうとしなかった。

  この戦争から80年が経過した。戦争未亡人や遺児たちは高齢になり、その子どもや孫の代に変わってきた。子や孫たちと、戦没者・遺族との距離は遠くなり、遺族会から脱会する人たちが増えている。                                                     
戦死した肉親は勿論、「この国の良き未来」を願って死んでいった先人を、国民全体がしっかりと敬う矜持が求められる。そして、今の日本に生きる我々が、「これからの日本をどうするか」を真剣に考える必要がある、と強く思う。

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 高原 要次

「思い描いた夢は必ず実現する(稲盛和夫)」

2025年11月1日 土曜日

  京セラの創業者で、KDDIや日本航空の経営者だった稲盛和夫氏は「経営の神様」と言われ、集約された多くの言葉がある。例えば「この世を生きている意味とは、自分の魂を磨いていくことだ」、「人生・仕事の結果=考え方×熱意×能力」、「動機善なりや、私心なかりしか」、「困難は愛が形を変えたもの」、「環境が変わったら自分を変えよ」等々・・・。

  その中に、「思い描いた夢は必ず実現する」というのがある。この言葉を聞いたときに、私は思った。信じて頑張ることは大切だが、その夢を実現する段階においては、種々の困難や予期せぬトラブル、環境の変化があるだろうし、“必ず”実現する、とは言い切れないのではないかと。

  氏の出身大学「鹿児島大学」の稲盛記念会館前に銅像が建てられている、その碑文に「どんな逆境に遭遇しようとも/どれほど厳しい環境におかれようとも/挫けることなく/常に明るい希望を持ち/地道な努力を一歩一歩たゆまず続けていくならば/自分の思い描いた夢は/必ず実現する」と刻まれている。

  「思い描いた夢は必ず実現する」の前提があったのです。それは、どんなに厳しい環境であっても、挫けず明るい希望を持ち、地道な努力を続けていけば、というもの。そうすれば、その夢は“必ず”実現する、と。ただ漠然とした願望をボーッと思い、実現したらいいな~、では実現するはずがない。それと、この「思い」が重要なのです。

  彼の母校鹿児島玉龍高校で、氏は「君の思いは必ず実現する」というテーマで講演しており、その中で、「思い」について、こう語っている。                                    
  “「思う」ということが、人間のすべての行動の源、基本になっているのです。そのことは、二つの側面から捉えることができます。まず、我われが毎日の生活を送る中で抱く「思い」の集積されたものが、我われの人間性、人柄、人格を作り出しています。「自分だけよければいい」という、えげつない「思い」をずっと巡らせている人は、その「思い」と同じ、えげつない人間性、人柄、人格になっていきます。逆に思いやりに満ちた優しい「思い」を抱いている人は、知らず知らずのうちに、思いやりに溢れた人間性、人柄、人格になっていきます。
 さらに、「思い」はもう一つ大きな役割を持っています。それは、「思い」の集積されたものが、その人に合ったような環境をつくっていく、ということです。あるいは、「思い」の蓄積されたものが、その人の運命をつくっていると言っても過言ではありません。
 綺麗な美しい心で生きていく人は、素晴らしい人間性、人柄、人格になると同時に、その人の周囲にも、その人間性、人柄、人格に合ったような素晴らしい出来事が起こってきます。心に抱く「思い」というものは、それほど偉大な力を持っているのです。

  そうです、「思い描いた夢は、必ず実現する」のです。

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 高原 要次

「ニチボー貝塚」

2025年10月1日 水曜日

  先日、バレーボールSVリーグの試合を観に行った。一昨年まではVリーグとして各実業団チームが競っていたが、昨年から世界トップクラスのバレーボールリーグを目指して、準プロの14チームでリーグ戦を戦っている。コートのすぐ傍の「熱狂シート」で観戦したが、サーブやスパイク、ブロックの迫力に興奮した。流石に、プロリーグを目指すだけあって外国人も交えたメンバーの観客サービス、運営会社のチームマネジメントに感心した。かつての実業団リーグとは大きく異なる顧客意識である。 
                                                  
  私にとっては、女子バレーボールと言えば1964年の東京オリンピックである。大松博文監督率いる「日本」は、“東洋の魔女”と呼ばれた河西昌枝、宮本恵美子、谷田絹子、半田百合子、松村好子、磯部サダの「ニチボー貝塚」が主力であった。宿敵ソ連を破り、待望の金メダルに輝いた。日本中が歓喜の渦となり、この東京オリンピックを成功に導いた。

  太平洋戦争敗戦から11年後1956年、経済白書のタイトルは“もはや戦後ではない”として戦後復興の終了を宣言し、それ以降高度経済成長が始まった。そして1964年、新幹線が開業し、経済は好景気に沸き、この年東京オリンピックが開催された。まさに、日本の戦後復興の証が東京オリンピックであり、そのシンボリックな競技がこの大会から競技種目になったバレーボールであり、日本女子バレー(ニチボー貝塚)の金メダルであった。

 「ニチボー貝塚」は、1962年の世界選手権で優勝し、その褒美に世界一周旅行を行い、結婚適齢期を迎えたことから選手達と大松監督は引退を表明していた。しかし1964年の東京五輪から女子バレーボールが正式種目に入ることが決定したことから、『是非東京オリンピックまで続けて欲しい』と、日本バレーボール協会幹部が日紡貝塚へ日参し、一般ファンからも5,000通もの手紙が届けられた。それを受けて、キャプテン河西が決断し、大松監督の“俺についてこい!”の一言で、選手達はオリンピックまで続けることを決意した。それからオリンピックまでの2年間は、選手は午前中社業に従事し、15:00から26:00まで練習。大松は16:00まで社業でその後練習に合流するというハードな日々をおくったという。

  1964年10月23日、東京五輪のソ連との全勝同士の対決では、日本が順調に2セットを連取した。3セット目も試合を優位に進めたが、14対9のマッチポイントを握った場面からソ連の粘りが続いた。テレビ放送にて決勝戦実況中継アナウンサーが「金メダルポイント」のセリフを6度も繰り返すこととなった。最後はソ連選手のオーバーネットの反則により日本の勝利が確定、金メダルに輝いた。
個人とチーム、選手と監督、チームと会社、の一体感。そして国民と国との一体感を感じるし、選手と監督の修行とも言えるトレーニングに敬意を表した。

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 高原 要次

「朋、遠方より来る有り、亦楽しからずや」

2025年9月1日 月曜日

  先月、南米ブラジルに行った。10年ぶり10回目のブラジルであるが、その目的は移住している先輩達を訪ねることであった。
  私の学生時代は、中南米研究会に所属し、「フロンティア」を掲げて海外移住や海外雄飛を志向していた。同じ志を持つ全国56大学で「日本学生海外移住連盟(学移連)」を組織し、毎年十数名を選抜し、実習生として海外(南米・北米・アフリカ等)に派遣した。私も1975年に1年間ブラジルに派遣された。
  この学移連の仲間のうち、かなりの数の学生が卒業後ブラジル・アルゼンチン・カナダ等に移住した。ブラジルでは、ある者はサンパウロ近郊で野菜作りをやり、ある者は牧場を経営し、アマゾンではピメンタ(胡椒)栽培やカカオ、アサイ、パームヤシを育てた。
  あれから50年。異国で種々の苦難を経験し、大きな喜びも味わい、今次の世代にバトンを渡そうとしている。ただ、皆歳をとった・・・。今、会わねばもう会えない・・・。

  「論語」の最初の章句「学而第一」は、「子曰く、學びて時に之を習ふ、亦説ばしからずや。朋、遠方より来るあり、亦楽しからずや。」から始まる。
  ブラジルに住む先輩方にとって、私の訪問はまさに「朋、遠方より来るあり」であった。彼らは皆、会った瞬間跳びあがらんばかりに喜び、歓喜するであろうと想像していたが、さにあらず。目を合わせて微笑みながら近づき、ゆっくりと握手する。そして一言“よく来たな・・・!”これで、離れていた数年のブランクは吹っ飛び、一気に学生時代の感覚が蘇る。老学生に、じんわりと悦びが沸いてくる。
  「朋、遠方より来るあり、亦楽しからずや」。「朋」とは、単なる友人ではない。志を持ち、同じ師や同じ門に学び、文字通り学びを共有した同志である。その「朋」が訪ねて来てくれて語らう。人生で、これほど嬉しい楽しい瞬間があろうか!

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「積善と報徳」

2025年8月1日 金曜日

  中国の古典「易経」に、「積善之家必有餘慶(積善の家には必ず餘慶あり)」というのがある。それは、「善行を積み重ねた家には、その結果として子孫に必ず幸福がおとずれる」というものであるが、単に「善行を積み重ねていけばきっといいことがある」ということではない。
  つまり、善行を行っている本人に良いことが訪れるというのではなく、善行を積み重ねた家には、子孫に幸福がおとずれる。ということである。
  さらに続く、「積不善の家には必ず余殃あり(不善を積み重ねている家には必ず後世まで災禍が及ぶ)」と。

  二宮尊徳は、「善行」とほぼ同様のことを「徳行」と言っている。正確には「報徳」であるが、徳を以って特に報いる、と。
  物や人そのものにそなわっている「持ちまえ、取りえ、長所、美点、価値、恵み、おかげ」などを「徳」として、その徳をうまく使って社会に役立てていく(お返しする)ことを「報徳」と呼んだ。
  この考えは、「至誠」を基本とし、「勤労(きんろう)」「分度(ぶんど)」「推譲(すいじょう)」を実行するというもので、この「報徳思想」を実践するのが「報徳仕法」であり、二宮尊徳は報徳思想を広め、実践することにより、ききんや災害などで困っていた多くの藩や村を復興した。

  ● 至誠: 「まごころ」のこと。二宮尊徳の仕法や考え方、そして生き方の中心となるもの。
  ● 勤労: 物事をよく観察・認識し、社会の役立つ成果を考えながら働くこと。
  ● 分度: 自分の置かれた状況や立場をわきまえ、それぞれにふさわしい生活をすることが大切。また、収入に応じた一定の基準(分度)を決めて、その範囲内で生活することが必要。
  ● 推譲: 将来に向けて、生活の中で余ったお金を家族や子孫のために貯めておくこと(自譲)。また、他人や社会のために譲ること(他譲)。

  また、「大學」の冒頭には、「大學の道は明徳を明らかにするにあり、民に親しむにあり、至善に止まるにあり」とある。
  どうも、基本の基本は天の命じた性に従い、道に沿って、善なること徳なるものを実践することのようである。

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