2016年7月 「フロネティック・リーダー」

 1905年5月27日、日本の連合艦隊がこの日対馬沖でロシアのバルチック艦隊を撃破した。「日本海海戦」である。もしこの日、日本が破れていれば、日本は滅亡していた。まさに旗艦「三笠」から司令長官東郷平八郎が発した「皇国ノ興廃、此ノ一戦ニ在リ。各員一層奮励努力セヨ」との指令通りである。

 今年の5月27日、私は玄界灘を見下ろす東郷神社の春の例大祭に参列した。宮司の祝詞を聞きながら101年前のこの日を想像し、改めて東郷平八郎のことを思った。戦闘が始まった「三笠」の最乗艦橋では、参謀の秋山真之が東郷に対し、司令塔に入るように頼んだが、「ここにいる」と言って動こうとしない。艦橋は、砲弾が飛び交い、炸裂した砲弾の破片が人間をなぎ倒す危険性が高い。東郷は、ここで指揮をし続けた。

 アリストテレスは、リーダーは「フロネシス」をもつべきだと述べている。その意味は賢慮、または実践的知恵と訳されるが、野中郁次郎氏(一橋大学名誉教授)はフロネティック・リーダーの能力要件として、①「善い」目的をつくる能力②場をタイムリーにつくる能力③ありのままの現実を直観する能力④直観の本質を概念化する能力⑤概念を実現する政治力⑥実践知を組織化する能力、の6つを挙げている。さらに軍事面では、3つに集約して、①刻々と移り変わる戦場のミクロの状況を理解する「現場感覚」②戦局をマクロに把握する「大局観」③適時・的確な指示を下す「判断力」としている。そうであれば、奇跡的な勝利をもたらし、この国を救った東郷平八郎は「フロネティック・リーダー」の最たる人物であろう。

 同じ日露戦争の陸戦は、どうであったか。象徴的なのは旅順攻撃・二〇三高地攻撃と奉天会戦であろうが、この戦いで最も有能な司令官は児玉源太郎であり、無能とされたのが乃木希典であろう。しかし、その無能とされた乃木が神社に祭られ、児玉神社は存在しない。乃木は、二人の息子をこの戦争で亡くし、その後学習院院長や昭和天皇幼少時の養育に携わり、明治帝大喪の日に殉死した。

 実在の人物が祭られている東郷神社(東郷平八郎)、乃木神社(乃木希典)、南洲神社(西郷隆盛)等、我が国の人々はその人の能力以上に人間性や徳を偲び、手を合わせるのではないだろうか。実は、その人間性や徳に根差したリーダーシップこそが本来の意味の「フロネティック・リーダーシップ」かも知れない。

 

                                                 ラーニング・システムズ株式会社

                                                  代表取締役社長 高原 要次