2014年7月 “『大学で学ぶ・・・』”

 以前、マドリードの西北西200キロのサラマンカに行ったことがある。この町のサラマンカ大学に通う息子に会うためである。この町は世界遺産に登録されている文字通りの大学の街、大学と教会群が醸し出す中世の雰囲気と街の佇まいに感銘をうけた。そして何より、「大学」というものの認識を、改めて考えさせられた。

 高等教育の歴史を辿れば、最古の機関は紀元前の古代インドの「タキシラ」や「ナーランダ」であり、ギリシャの哲学者プラトンが作った「アカデミア」が有名である。日本では7世紀の天智天皇の治世に「大学寮」が創設されている。現在の「大学」であるuniversityとしては、イタリアの自由都市国家ボローニャの市民たちによって開設されたボローニャ大学(1088年)が最初で、他にイングランドのオックスフォード大学、ケンブリッジ大学、フランスのパリ大学、そしてスペインのサラマンカ大学が歴史ある大学の代表である。

 驚くべきことに、ボローニャ大学は学生達がお金を出し合って教師を雇って運営されていたらしい。さらに言えば、大学の方が近代国家より先に成立している。オックスフォード大学、ケンブリッジ大学の成立は12,13世紀で、イングランドとスコットランドとが同君連合になるのは1603年、アメリカでもハーバード大学の成立は独立以前にさかのぼる。つまり、国家が大学を作ったのではなく、大学が近代国家をつくった。

 翻って日本はどうか。1886年に帝国大学令での東京大学に始まり順次帝国大学が設置されていくが、その目的は西洋から近代国家のあり方を学び、それを日本に移植することである。その最高学府として国家が「大学」を設置し、お雇い外国人講師、西洋文献の翻訳から始めた。更に国家や産業にとっての有用性が重視され工学部、農学部への広がった総合大学へと発展した。明治期、国家の存亡をかけて近代化に取り組んだ我が国にとって、この大学制度は必須の要件だったかもしれない。医学、化学、農学等で世界に先駆けた研究もなされたし、それなりに功を奏した。

 しかし今、大学のありよう、学生の学び方を変える必要がある。大学が「将来を支える人材を育成する専門機関」であるならば、単に講義を受けて単位を取得して大学を卒業するのではなく、「学び方を学び」、「考える力を身に付け」、「アウトプットの能力のある」学生になって卒業してほしい。そして、彼らがリーダーとなって、日本の“新しい明日”を創って欲しい。

 

                                                              ラーニング・システムズ株式会社

                                                               代表取締役社長 高原 要次